日本には多くの伝統工芸があります。
伝統工芸品とは、職人の匠の技によって生み出されるもので、国(経済産業省指定)の指定する「伝統的工芸品」は、現在235品目あります。
そのほかにも、県などの自治体が指定するものを含めればさらに品目は増えますし、指定がなくとも、古くから地域に根付いた産業や技術はたくさんあります。
 
しかし今、その伝統工芸はどんどん姿を消し、衰退の危機にあります。
職人の高齢化や、後継者不足、時代の変化による消費者需要の低下などの理由によって、どんなに素晴らしい伝統工芸であっても事業を続けていくのが難しい状況なのです。
皆さんは、「伝統工芸」と聞いてどんなイメージを持っていますか?
なんとなく古臭い、時代遅れ、というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。私自身も数年前まではそうでした。多くの人は、日常的に伝統工芸になかなか触れることがないためにポジティブなイメージが湧きづらいのかもしれません。
 
そんな苦境に立たされている伝統工芸ですが、
新たな取り組みや商品開発を行い、伝統を後世に残そうという動きも出てきています。いわば、「伝統と革新の融合」のムーブメントです。
受け継がれた伝統を壊す、打ち破るというのはとても難しいことですが、伝統を生かしながら新たなエッセンスを加えることで、今の時代にマッチしたデザイン性豊かな製品がどんどん生み出されています。それはとても素敵な商品ばかりで、今「made in Japan」が再び見直されてきているように感じます。日本国内のみならず、海外の方をも魅了するような魅力あふれる製品を作っている職人さんたちがたくさん出てきているの状況は、日本人として誇らしいですよね。
 
今回は、そんな伝統工芸に携わる職人さんに、
・伝統に携わるということ
・新たな取り組みへの想い
・これからの展望
などについてお話を伺いましたのでご紹介します。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
聞き手:KIRARIBITO店長 内原絵美
語り手:関根桐材店 関根紀明さん・朋子さん
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


内原:桐工芸は伝統工芸の一つだと思いますが、関根桐材店さんのある埼玉県本庄市は桐産業が盛んな地域だったのですか?
 
関根氏:埼玉県の最北部に位置する本庄は、かつて中山道最大の宿場町として、そして利根川の水運の拠点として繁栄していました。昭和30年代まで生糸と共に「桐の街」ともいわれ、全国有数の桐材の集積地として知られていたんですよ。
 
内原:そうだったんですね。関根桐材店さんは創業どのくらいなのでしょうか?
 
関根氏:私ども関根桐材店の初代・関根嘉十郎は明治33年(1904年)に桐下駄の製造・販売業者、つまり桐下駄職人として創業しました。以来100年以上、「国産の桐材」と「伝統の技術」を守り、本物の桐製品作りを続けて、現在の私で4代目となります。私は、大学卒業後に民間企業での勤務を経て、家業を継ぎました。
 
内原:伝統工芸に長年携わってきてどのように感じますか?
 
関根氏:冒頭で述べられているように、時代の変化や生活の近代化によって、伝統工芸品は需要が減少していますし、業界も急速に縮小しているのが現状です。
伝統工芸は、「絶滅危惧種」と呼ばれていますからね。
 
内原:絶滅危惧種ですか(笑)
 
関根氏:異業種交流会などのイベントで名刺交換をすると、「桐材店ってどんなお仕事なのですか?」と聞かれるのですが、そこで私が
「桐下駄・桐箱・桐たんすの製造・販売をする仕事です」
と答えると、皆一様に不思議そうな顔をして、「今でもそういうお仕事があるんですね!」と言うんですよ。率直な意見ですね。でもこれが現実です。
国産の桐材の生産量は毎年減少し続けていて、桐業界もここ数十年間の間に大きく衰退し消滅の淵に立たたれています。まさに絶滅危惧種ですよ。
 
内原:関根さんは日本のみならず海外のイベントにも積極的に参加されたり、様々な業種の企業や大学などの教育機関ともコラボで商品開発したりと、いつも「攻め」の姿勢でいらっしゃいますよね。最近では、クラウドファンディングにも挑戦したりもされていて、本当にその行動力と挑戦心には感心させられます。
 
関根氏:楽観的に考えてもあと20年程度でこの業種は消滅してしまいますから、「攻め」ていくしかないですよね。「新商品開発による新規販路開拓」は、伝統工芸の抱える問題を克服するためにとても大切なんです。
私は現在55才です。信じられないかもしれませんが、この業界ではまだ若手と言われています。会社員だったらあと数年で定年退職する年齢なのにですよ(笑)。伝統工芸に携わる職人は、70代や80代でもまだ現役で働いていますからね。
 
内原:新商品開発をしていこうと思ったきっかけはありますか?

関根氏:伝統工芸品としての桐製品の需要は減っていますが、デザインや使用目的を代えて現在のライフスタイルに合った商品開発をすれば、新たな顧客に受け入れられるのではないかと思ったのです。私たちには、良い原材料と高い技術力はあります。それをうまく活用すれば活路が見いだせるはずだと考えました。
今まで多くの試行錯誤はありましたが、たくさんの新商品を開発してきました。
 
 内原:いい素材、高い技術力は財産ですね。最近は異業種とのコラボレーションもたくさんされていますが、異業種や大学とのコラボレーションを進めていこうと思ったのはなぜですか?
 
関根氏:コラボについては、幸いにも先方からご依頼をいただいたり、こちらからお願いしたり、様々なケースがありました。
百貨店のバイヤーや異業種の商品開発担当者・大学の産学連携担当者などとコラボを行ってきましたが、彼らは桐の機能的な利点に目をつけ商品開発後の具体的な販路の構想を持っていました。彼らとのコラボによって、一気に視界が開けたような気がします。どのコラボにおいても、桐製品の新規販路開拓になればと思い、前向きに取り組んできました。

(参考コラボ例:左はブルーボトルコーヒー様とのコラボ、右は高田織物様とのコラボ)
     
(一緒に商品開発をしてくれた芝浦工業大学・デザイン工学科の学生達)
 
 内原:今、事業を展開していて、苦労していることや楽しいと感じる時はどんな時ですか?
 
関根氏:今、販売の難しさを痛感しています。自信を持てるような良い商品を作ることができても、それが売れるとは限りません。特にこのコロナの影響を受け、リアルの販売イベントや出店などの機会も少なくなり、どうやって販売を進めていくべきか考える日々です。
また、楽しいと感じるのは、商品を手にされたお客様からお褒めの言葉を頂いた時や、満足していただけたとのお話を伺えた時です。そのような言葉は、心から嬉しく思いますし、励みにもなります。
 
内原:関根さんはご夫婦二人三脚で事業をされていらっしゃいますが、ビジネス上の役割分担などはありますか?普段、もめたりお互いの意見が衝突したりすることはあるのですか?
 
関根氏:決まった役割分担があるというよりは、直面している仕事に応じて臨機応変に対応できるよう、夫婦で協力体制を心がけています。
意見が異なることはもちろんありますよ。同じ目的でも着眼点に違いがあるときでしょうか。なるべく客観的に考えられるように話していると、なんとなく解決しているという感じかもしれません。
 
内原:これからの目標や夢を教えてください。
 
関根氏:日本国内だけでなく、海外にも販路開拓を行い、日本の桐文化や桐製品の良さを広く発信して行きたいと思っています。
また、さらに新商品の開発を進めていくことで、この業界を魅力的なものにし、「絶滅危惧種」などと言う不名誉な言われ方から脱却したいですね。そして、これからの若い世代が就業できる業界にして、桐産業を次の世代に残していきたいです。
 
 
いかがでしたでしょうか。伝統の技術力を生かしながら新商品開発に積極的に挑んでいく姿勢は本当に素晴らしいですよね。
伝統工芸に携わる方でなくても、見習うべき点が多くあったのではないでしょうか。
日本の良き伝統工芸は、今の時代に見合うように柔軟に形を変え再構築して、後世に残していきたいですね。



「関根桐材店」さんの商品はこちらから
デザイン性豊かな桐の伝統工芸品、大切な方へのプレゼントにも最適です。
是非ご覧ください。